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マルコ・シモニット、剪定界のスーパースター

Saturday 16 September 2023 • 1 分で読めます
Marco Simonit with dead vine
枯れたブドウとマルコ・シモニット


先月、ラングドック滞在中のジャンシスをブドウ剪定王が訪問した。この記事よりもはるかに短いバージョンはフィナンシャル・タイムズに掲載されている。

マルコ・シモニットは非常に細かいことにこだわる人物だ。例えば1日に何度も飲むコーヒーを出す場合には必ず冷たいミルクの入った小さなポットを添えなくてはならない。彼が最近ラングドックで我々のところに1泊した際には、事前に7種類の「食べられないものリスト」を提示してきたし、バスルームに案内すると、「ここは他の人と共用なのか」と尋ねてきた。取材当日は日中の外気温が40℃だったため、シャッターを閉め扇風機をつけていたのだが、取材開始数分もたたないうちに、彼は扇風機の風が自分に当たらないようにしてほしいと言ってきた。Tシャツの上にUSアーミーのジャケットを着ていたにもかかわらず、である。彼はシャトー・ピション・ラランドをピション・ロングヴィルと呼んでいいものかどうか思い悩み、前の晩のディナーに(慎重に選んで)私が提供したシャンパーニュ、ゴネの2012に対し「いいね、でもぬるい」と言い放った。

ブドウ栽培においても同じような細かいこだわりを見せることで彼は世界中に150以上のクライアントを獲得し、その中には世界の尊敬を集める生産者も含まれる。彼の専門は剪定で、深遠なテーマながらどんなブドウ栽培者でも毎年冬には行わなくてはならない作業でもある。

そもそも、ブドウというのは這性の植物だ。ブドウの房を実らせる芽を適切な量、適切な場所につくらせるには適切な管理が必須となる。20年ほど前、シモニットが本格的な剪定コンサルタント業を始める前の時代には、ほとんどのブドウ生産者は決まった剪定パターンを採用する傾向にあり、そのパターンは通常、地域ごとに決まったものだった。シモニットの技術は時に「優しい剪定」と呼ばれ、ブドウの樹が長く健康な命を謳歌するために必要なことをしてあげる、というものだ。その結果が目に見えるようになるまでには時間がかかり、5年は必要だということは彼も認めている。彼の目指すところは畑がバランスの取れたブドウで満ちていて、それらが均一に熟し、病虫害や気候変動にもできる限り対応できるような状態だ。この総合的なアプローチは、多くの場合死に至る「幹の病気」が蔓延している現在、この上なく魅力的なものだろう。「世界のパンデミックと同じだね」とシモニットは言う。その深刻さは先月更新されたOIVの報告書からも明らかだ(こちらからダウンロードできる)。例えば南イタリアのブドウ畑では80%もの感染が確認されているし、フランスのブドウ畑の12%は幹の病気のため経済的に成立しないとされている。

広く知られる胴枯病、エスカに対しカベルネ・ソーヴィニヨンとソーヴィニヨン・ブランは特に抵抗力が低いこともあり、ボルドーでは大きな被害が出ていることが知られている。一方シモニットはブルゴーニュでもブドウの維管束に空気が入ることで倒木し、枯れてしまう症状が見られるようになったと指摘する。

絵を描くマルコ・シモニット


シモニットが家族経営の農園で育ったのはイタリア北西部のワイン産地、コッリオだ。その地では、彼の幼少期からすでにエスカが非常に深刻な懸念だった。彼は当初家畜に強い興味を持っていたが、同時に絵を描くのも好きだった(インタビューの間、彼はA4の紙12枚をブドウの絵で埋め尽くした)。自分の農園を取り巻く木やブドウを書いているうちに、ブドウに見られる剪定跡(切り口)に興味を持つようになったという。それらはごく一般的な、日々の剪定の後にできるものだったのだ。だが、彼は当時の若き好奇心を振り返りながら、少し大げさな口調で「さあ、その切り口の奥には何がある?」と投げかけた。その傷をさら深く切り進めてみると、死んだ木組織に行き当たった。猛威を振るい始めていた幹の病気の原因であるカビがもたらした結果だ。「当時はワイン学校でこのことに触れる人は誰もいなくてね。インターネットがなかった時代だし、本にも書いていなかったよ。」(「当時」とは、世界中の興味が畑ではなく、スーパースターとされるワインメーカーや醸造コンサルタントがセラーで何を行っているかに向けられていた時代のことだ)。

1980年代後半以降、現在56歳のシモニットはブドウの樹を注意深く観察するようになり、コッリオの生産者組合で10年間働いた。「当時はいつか面白いことがわかるはずだ、と自分に言い聞かせていたよ」。彼は最高のワインが樹齢の高いブドウから得られることを理解し、特にイタリア南部や島々にある古木に注目し調査を行った。更に車でフランス南部からスペイン北部までを回り、これらの樹がなぜ、どのようにして生き残ってきたのかを理解しようと努めた。

結果として、樹液の流れと樹齢を尊重しながら切り口を最小限とするような剪定をブドウの樹ごとに行い、ブドウが求める「ダイナミックな構造」を与えるというアイデアに思い至った彼は、著名なコッリオのワイン生産者、マリオ・スキオッペット(Mario Schioppetto)に、この理論を実践するため彼の畑の数列のブドウを試験的に使わせて欲しいと頼み込んだ。シモニットの扱ったブドウがすこぶる良い状態になったとわかると、その噂はあっという間に広まった。1999年、彼は自分の仕事を辞めて地元フリウリの生産者たちにアドバイスを行うようになり、弟子たちを教育し、チームを作り上げた。2003年にはシモニット&シルチ(Simonit & Sirch)というビジネスを立ち上げた。シモニットの学生時代の友人、ピエルパオロ・シルチ(Pierpaolo Sirch)が管理面全般を引き受けている。今や彼らの会社はフランス、アメリカ、南アフリカに支社を持ち、スペインとドイツにも支店を出すことを検討している。

自分の手法に確信を得たシモニットはイタリアの栽培学の教授たちに手当たり次第にコンタクトを取ったが、返信をくれたのはアッティリオ・シエンツァ(Attilio Scienza)のみだった。だが、非常に影響力の強いシエンツァは2003年にはシモニットの元を訪れると約束してくれた。シモニットは彼の畑を見たシエンツァの反応をよく覚えている。「彼は『なんてこった!信じられない・・・だが非常に面白い。イタリアの他の生産者たちにも教えてやらねば』 と言ったんだ。あらゆるトップ生産者に電話をかけ始めた彼を見て、心の中でやった、と叫んだよ。ついにこの手法と私を信じてくれる人が現れた、と」。

さらにシモニットの転機は世界的に有名なイタリアのワイン生産者、アンジェロ・ガヤの訪問によってもたらされることとなる。彼はピエモンテとトスカーナにある自社の栽培チームを引き連れて現れ、2週間で契約書にサインした。加えてイタリアのスパークリング・ワインのトップ生産者、ベラヴィスタとフェッラーリともほぼ同時期に契約したことで、シモニットはイタリア全土からの問い合わせに対応しなければならなくなった。

シモニットが燦然と輝くフランスのクライアントリストを手に入れるきっかけは、ボルドーの故ドゥニ・デュブルデュー教授だった。今やそのリストにはシャトー・ラトゥール、シャトー・ディケム、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティも含まれている。デュブルデューはボルドーにおける幹の病気の広がりに愕然とし、現実的な解決法を探そうと強く決意していた。シモニットとの出会いは2010年、ボルツァーノで開催されたカンファレンスでのことだった。2011年には彼はシモニットを招き、その手法を偉大な生産者たちに教えて欲しいと乞うた。ちなみにシモニットにレネ・ラフォンの著書を渡したのもデュブルデューだ。それは1921年に書かれた書籍で、19世紀終盤、シャラントのブドウ栽培者が使っていたプーサール(Poussard)と呼ばれる剪定技術について記したものだ。この手法も樹液の流れを尊重して考案されたものだ。「その本をもらうまで、剪定に関する書籍を読んだことはなかったよ」とシモニットは教えてくれた。

「ドゥニ・デュブルデューが私の人生を変えてくれた」。今や世界中に27人もの剪定コンサルタントを抱えるシモニットはこう話した。当然のことながら、最も有名な顧客は最も有名なコンサルタントを求めるものだ。その結果自然と新たなビジネスを受け入れる速度は落ちる。「もちろんもっと価格を上げることもできるけどね」と今や年商約400満ユーロのシモニットは微笑んでこう言った。我々を訪問した彼はちょうど、シャンパーニュのボランジェが新しい拠点とする、オレゴンのポンジ・ヴィンヤードで助言をし、ラングドックに帰ってきたばかりだった。

一方、もう一つのシャンパーニュ・ハウス、ルイ・ロデレールは長きにわたり彼の最も熱心なクライアントでもある。2012年、彼がボルドーで顧客を集め始めた頃、彼は朝の7時にアイの畑に呼び出され、ロデレール・グループの切れ者技術ディレクター、ジャン・バティスト・レカイヨンと出会うこととなる。そこにはもう1人、寡黙な男がいたのだが、シモニットはアシスタントだろうと思っていた。だがそのたった12時間後、レカイヨンからボルドーのシャトー・ピション・ラランドやカリフォルニアに所有するワイナリーも含め、ロデレール・グループ全体の指導をしてほしいと頼まれる段になってようやく、シモニットは彼が同グループのCEO、フレデリック・ルゾーだったのだと知った。

伝統的な剪定方法は、幹の病気に弱いという点に加え、樹齢が高くなるにしたがって収量が落ちるという特徴がある。そのためブドウ畑は、ブドウの実自体の品質がようやく本領を発揮する20年ほどで計画的な植え替えを検討しなくてはならない。だがシモニットによれば、慎重な剪定を行ったブドウなら、さらに数十年もの間、偉大なワインを造り続けることが可能だという。

「畑に一歩足を踏み入れれば、ブドウは本みたいなもんだ。すぐに読めるから何も隠せないよ。みんな最適な剪定方法はどれなのかと尋ねるけど、そんなものはない。自分のいる場所、ブドウの育つ環境を理解しないとだめだ」。

私たちが滞在するラングドックの村はブドウに囲まれていることもあり、外は相当に暑かったのだが、ここらで彼と一緒に外に出て、ブドウを一緒に見るべきだと思った。ところが残念ながら、最寄りの畑は「読むに堪えない」状況だということが判明した。畑に近づくや否や彼は頭を横に振り「カベルネ・ソーヴィニヨンか。こいつはエスカにものすごく弱い」と言った。確かにどの列のブドウにも茶色く枯れた葉が緑の中に広く点在していた。 彼は1本のブドウの幹に近づくと小さな枝を指さした。剪定跡だ。なんと彼はそこから死んだ木の大きな組織をバリバリとはがし始め、それらを引き裂いて中にあるカビを露出させた。私が隣で驚き、動揺していたのにもお構いなしだった。ブドウは彼がそうする間、そのまま倒れてしまうのではないかと思われるほどに大きく揺れた。「死んでる。ここも死んでる。ほら、見える?」彼は1本のブドウを指さしていたが、私は畑を囲む家々を恐る恐る見回し、畑の所有者がそれらに住んでいないことを祈っていた。

マルコとジャンシス
死んだブドウの樹


室内に戻ったところで、私は彼が自身の仕事の対価をどうやって決めているのか興味がわき、聞いてみた。彼は「テーラーメイドの契約」とクライアントごとに作成した「標準作業手順書」を非常に重視していると答えた。これらがあればクライアント側および彼の側で人の入れ替わりがあっても対応できるという理由だ。ほとんどの契約は5年以上のもので、「話が分かる奴は事態が急に好転することなんてないって理解しているよ」。彼は携帯電話を90度回転させ、こう続けた。「でも中には1年だけ指導してほしいというクライアントもいるね。特にイタリア。わかるよね?イタリア人の、まあなんていうか『創造性』みたいなものを」。

私はシモニットのクライアントのうち12軒に畑への影響を尋ねてみたが、ほんのわずかな皮肉、「エスカ自体は治っていないけどね」と口にしたのは1軒だけで、回答した全員が労働者の士気が向上したことを指摘した。彼の手法はブドウ以外の植物にも応用できるのではないかと感じて尋ねると、実際にキウイやオリーブ、リンゴなどについても問い合わせを受けたことがあるという。「もちろん、可能だよ」と彼は言い、こう続けた。「でもブドウだけでいいや」。

(訳注:シモニットと契約するための)調査の前には恐ろしく細かなアンケートに答えなくてはならない。例えばワイナリーの従業員数、畑の管理契約を結んでいるか否かなどだ。これは特にカリフォルニアでは重要な意味を持つ。なぜなら外部のブドウ畑専門の管理会社と契約することはかなり一般的だからだ。有名なワインメーカー自らが畑まで管理するブルゴーニュなどとは対照的だ。どうやらカリフォルニアのワイナリーの所有者の中には外部の管理者が研修を受け、そこで得た新たな知見を他の畑にも応用することを嫌がるものもいるようだ。そのため秘密保持契約が追加される場合もある。

一方シモニット自身は情報共有に関しては非常にオープンだ。「知識の共有?すればいいじゃないか。それを共有することでその人自身の学びにもなるんだし。だいたい、世界の最も重要なワイン産地のほとんどに手を広げているのはうちのチームだけだからね。情報は日々変わってるし、うちはそれを集めることができる。COVIDの間も、自分の経験を共有したいと思っていたんだ。だからブドウの剪定に関する初のデジタル・プラットフォームを作ってみた」。「The Vine Master Pruners Academy(ブドウ剪定のマスタークラス)」はイタリア語、英語、スペイン語で公開され、すでに14カ国15,000の登録者がいる。

同様に、彼らがコッリオに2016年にオープンしたアカデミー兼ホテルでは、ボルドー大学と共同で冬期剪定および新梢剪定の修士課程を設立した。更に数々の研究機関や大学などとも提携し、イタリア、ナパ・ヴァレー、オレゴンのレイク・カウンティ、イギリスのプランプトン大学、ドイツのガイゼンハイム大学、アデレードヒルズ、ハンガリー、タラゴナなどで対面の剪定講座も開講している。

だが、私から見てシモニットが最も誇りに思っている点は、彼のトレーニングがもたらす社会的な側面だ。特にカリフォルニアや南アフリカでは、歴史的に畑作業者は過小評価され、十分な訓練を受けることができなかった。1980年代以降、ボルドーの醸造コンサルタントミッシェル・ロランがそうだったように、世界のワイン界のスーパースターとなることで、シモニットは畑作業とその作業者たちの社会的地位を高めたのだ。

「カリフォルニアのワイナリーと提携し始めた頃、畑で働いているチームを教えることになってね。それまで誰もメキシコ人の労働者に教育をしたことはなかったんだよ。でも今彼らは自分たちが醸造所で働いている人たちと同じぐらい重要なんだと感じるようになってきた。社会的なインパクトは本当に大きいと思うよ。今は収穫期にあたる南アフリカにスタッフを5人派遣しているけどね。似たようなことがオーストラリアのヴェトナム、カンボジア、ラオスから来た畑作業者にも当てはまるね。彼らはみんな「すごい、自分たちが教育を受けられるなんて」と言ってるよ」。

これはもはや、ものごとに細かくこだわる人物の起こした大きな変化だ。

シモニットのクライアントの中でも比較的リーズナブルな価格帯のワイン。

スパークリング
Louis Roederer, Collection 243 Brut NV Champagne 12.5%
£43.50 Divine Fine Wines

白ワイン
Bründlmayer, Terrassen Grüner Veltliner 2021 Kamptal 12%
£19.40 Noble Grape

Inama, Vigneti Foscarino 2020 Soave Classico 12.5%
£24.95 Connolly’s Wine Merchants

Rebholz, Vom Muschelkalk Riesling trocken 2020 Pfalz 12.5%
£28.20 Justerini & Brooks

赤ワイン
Ch Reynon 2019 Cadillac Côtes de Bordeaux 14.5%
$18.59 Wine Anthology, NJ

Spier, Seaward Shiraz 2021 Coastal Region 14.2%
$19.99 Total Wine & More, CA, FL, TX

Castello Colle Massari Riserva 2016 Montecucco 14.5%
£18.20 Falcon Vintners

スコア、テイスティング・ノート、お勧めの飲み頃は250,000強のテイスティング・ノート・データベースを参照のこと。世界の取扱業者はWine-Searcher.comを。

(原文)

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