ヴォルカニック・ワイン・アワード | The Jancis Robinson Story (ポッドキャスト)

メドックの慈愛の象徴、逝く

2022年2月5日 土曜日 • 6 分で読めます
Anhtony Barton by Mélanie Barton

2022年2月6日アンソニー・バルトンと娘のリリアンがアドナムスを運営していた頃に、サイモン・ロフタスが撮影した写真を加えた。(Wonderful picture of Anthony Barton and his daughter Lilian taken by author Simon Loftus)

2022年2月5日ボルドーで最も人望の厚い経営者の訃報について。孫娘のメラニー・バルトンが撮影した写真と共に。この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

先月、シャトー・ランゴア・バルトンとレオヴィル・バルトンの所有者であるアンソニー・バルトンがサンジュリアンのブドウ畑に埋葬され、ボルドーのワイン業界の一時代が幕を下ろした。他に類を見なかったのは、メドックの格付けシャトーでもあるこの2シャトーが1820年代からずっと(アングロ・アイリッシュの)一族の所有だった点だ。買収の話は間違いなく何度も彼の下へ舞い込んだはずだが、バルトンは経済的に自立しており、現在ではボルドーのシャトーの多くがその傘下となっている銀行や保険会社などの誘いにも首を縦に振ることはなかった。そもそも、近年でもボルドーのシャトー所有者たちが講ずる、隣人よりいかに高い価格をつけるかというゲームにも彼は全く興味がなかった。彼はただ、長い間支え続けてくれている消費者が手に届く価格で、良いワインを作りたいだけだった。彼が決まってジャーナリストたちに話したのは「必要なのは常に新しいものを作り続けることだけだよ」ということだった。

彼のエピソードとして有名なのは1997ヴィンテージの値付けだろう。良好な1995と1996というヴィンテージに後押しされ、多くのシャトーが不釣り合いなほど高い価格でリリースしたにも関わらず、バルトンは(比較的)安い価格を提示したのである。おかげでボルドー業界での人気は上がらなかったが、その分ワイン愛好家たちから多くの支持を得た。彼の付ける価格は近年少し上がったとはいえ、それでも彼は公正性という意味で高く評価された人物だった。

下の写真はボルドーのスペシャリストだった故エドマンド・ペニング・ロウゼルの息子であるエドマンドが厚意で提供してくれた1982から1995のリリース価格のメモで、左からレオヴィル・バルトン、ピション・ラランド、レオヴィル・ポワフィレ、コスデストゥルネルだ。

シャトーの所有者たちが増大し続ける収入を続々と設備投資につぎ込むようになった今世紀の初め、アンソニー・バルトンは皮肉っぽく、「メドックはクレーンの侵略を受けている」と私に言った。サンジュリアンでバルトン一族が唯一行った建設工事はワインの醸造設備の改善を主目的とするものだった。

アンソニーとエヴァのバートン夫妻はクリスティーズの故マイケル・ブロードベントをして「平屋建てのシャルトリューズ」と表現される、メドックで最も美しい建物の一つ、シャトー・ランゴア・バルトンに住んでいた。ブロードベントはこう付け加えた。「庭園もその美しい内装もフランス風とイギリス風の最高のものが融合している」。(シャトー・レオヴィル・バルトンはレオヴィル家の所有する建物3つのうちの一つだが、城と呼べる建物は持たず、セラーは3級のランゴアと共有だ。なお、ランゴアは2級のレオヴィル・バルトンほど古典的なスタイルを維持していない。)

だが、昔からこうだったわけではない。アンソニーはストウとケンブリッジを経て1951年、21歳でボルドーへ来たが、当時ランゴアを経営していた叔父のロナルドからは遠ざけられていた。そのためアンソニーがワイン造りを許されたのは1985年になってからのことで、エヴァとともにランゴアに越したのはその翌年、アンソニーが56歳になってからのことだ。

ロナルド時代のランゴアはフィナンシャル・タイムズのワイン情報にも、たびたび取り上げられていた。1964年、彼が初めて同紙に寄稿した年には、私の先輩であるエドマンド・ペニング・ロウゼルが自身の著書「The Wines of Bordeaux」執筆のため、家族と共に敷地内でキャンプをしながら滞在することを許された。著書で彼は、最初のバロン家筆頭、つまりトーマスがいかにボルドーのワイン業界で働いていたかを記した。彼は1722年にボルドー入りし、ワイン商であるバルトン&ゲスティエを設立、メドックのシャトー(現在所有するサンジュリアンの2軒とは別のもの)を買い付けた。そうして1世紀後には1級シャトーのワイン最大の買い手となったのだ。

アンソニー・バルトンの身体にはワインが流れていたと言えるかもしれないが、20世紀半ばごろ、彼はその大半を最初はバルトン&ゲスティエで、次に自身の会社であるヴァン・ファン・アンソニー・バルトンで、腰の低いワイン・セールスマンとして働いていた。2007年にデカンタ誌のマン・オブ・ザ・イヤーに選出されると、彼は同誌のステファン・ブルックにこう話した。「2つのバルトンのワインを扱うことは許されていませんでした。それらはバルトン&ゲスティエが握っていましたからね。だから例えばオフドライの白ワインをフィンランドのモノポリに販売するなどして金を作るしかなかったんです。厄介な仕事でしたけ、彼らはいくらでも欲しがりましたから」。

辛口のウィットと、エレガントな服装がバルトンのトレードマークだった。彼の自伝「Wine: A Life Uncorked」でワイン・ライターのヒュー・ジョンソンはアンソニー・バルトンについて「彼自身がメドックの象徴そのもの」と評し、「テイスティングでの社交辞令が仰々しくなるのは偉大なシャトーになればなるほどよくあることだが、アンソニーは不機嫌そうにその本質を暴く」と書いている。バルトンは常に素晴らしいほど親しみやすい人物であり、ホスピタリティに溢れていた。ランゴアのエレガントなレセプション・ルームは相当な数の世界のワインのプロを迎えてきたに違いない。私が1990年代にBBCのテレビシリーズ制作に関わった際には、彼はそこでの撮影を許可するという英断を下してくれた。その際にはメドックを撮影カメラと共にオープンカーで走り回り、メドックの格付けを楽しそうに解説してくれた。

メドックの格付けシャトー所有者の中で実際にそのシャトーに住んでいる稀有な存在としてアンソニーとエヴァは人気があり、例えばシャトー・ラトゥールがイギリス人の手(しかもフィナンシャル・タイムズの姉妹会社)にあった頃には何度もゲストとして迎えられていた。我々の撮影が行われたのはちょうどその1級シャトーがフランソワ・ピノーに売却された直後のことで、彼はカメラの前でこの「フランス人のビジネスマン」がシャトーで彼を楽しませるという伝統を続けるかどうか、明らかに疑念を抱きながら言及していたが、その彼の予感は的中した。

ジャン・ミッシェル・カーズとアンソニー・バルトン。ランゴアにて
フライト中に寝る気満々のカーズとバルトン
ニューヨーク・ワイン・エクスペリエンスでのバルトン、ロバート・モンダヴィ、カーズ

メドックの住人でもう一人の著名人といえばポヤックにあるシャトー・ランシュバージュのジャン・ミッシェル・カーズだろう。彼はバルトンとは大の親友で、二人は彼らのようなワイン業界の著名人が海外、特にアメリカで称賛されていた時代にはよく共に旅をしていた。カーズは寛大にも上の3枚の写真を提供してくれたのだが、その際こう書いてよこした。「アンソニーは真の友でした。30年以上にわたり私たちは共に何千マイルも旅をし、世界中に友人を作り、素晴らしい時間を過ごしました。アンソニーは真摯で、正直で、実直でエレガント、そしてウィットに富んでいて、ともに時間を過ごすのには最高の人物でしたよ。そのうえ、我々の住まいは数マイルしか離れていませんでした。畑の真ん中に一年中住んでいる数少ないメドックの醸造家として、お互いに自分たちのこと『最後のモヒカン族』と呼んでいたんです」。

カーズとバルトンは茶目っ気たっぷりのユーモアをお互いにぶつけながら、ライバルというよりもむしろ互いに明確かつ大きな尊敬を持って接していた。仕事というよりも楽しさが感じられるので、ディナーでは彼らどちらかの隣に座りたいと思わずにはいられない。たぶんそんなこともああって、私は一度大胆にもアンソニー・バルトンをロンドンの自宅でのディナーに招待したことがある。もちろん彼は完璧にふるまい、ニック(訳注:ジャンシスの夫)がソテーしたネギの特殊な調理法に興味津々だった。

アメリカ人のワイン評論家、ロバート・パーカーのつける点数が実質的にワインの販売価格を支配していた1990年代から2000年代、ボルドーのほとんどのシャトー所有者たちとは違ってバルトンは当時「パーカー好み」とされた肉付きの良いワインにそぐうよう、自身のワインのスタイルを変えることはなかった。ランゴアおよびレオヴィル・バルトンは常に辛口で長命なメドックであり続けた。それはロナルド時代、かなり怪しげな設備で造られていたほとんどのワインに比べてニュアンスが増し、わずかに果実味が感じられるワインだった。ペニング・ロウゼルですら自身の著書の中で「ロナルド・バルトンは保守的なワインメーカーで、外れ年には彼のワインは若干薄くなる」と指摘している。

「ボルドーで最もいい人の一人」「都会的」「礼儀正しい」「愉快な」これらは全て、私がこちらでバルトンに対する短い弔辞を掲載した際に寄せられた彼への賛辞だ。

彼の伝説は生き続けるに違いない。なぜなら次の2世代、彼の娘リリアンとその夫ミシェル・サルトリウス、彼らの子供で成長するにつれ祖父に似てきたダミアンと、2011年に近隣のムーリに彼らが購入したシャトー・モーヴサン・バルトンでワイン造りを担当しているメラニーらが既に一族のビジネスをしっかりと継続しているからだ。

だが、本当の意味での家族経営の格付けシャトーは、どんどん減少している。さらに良心的な価格設定をしているところは、急速にゼロに近づいている。

お気に入りのバルトンのヴィンテージ
どれも20点満点で18点以上をつけた。

シャトー・レオヴィル・バルトン
1945, 1948, 1959, 1961, 1985, 1989, 1990, 1999, 2000, 2001, 2002, 2004, 2005, 2006, 2009, 2010, 2015, 2016, 2018, 2019, 2020

シャトー・ランゴア・バルトン
1948, 1955, 1961, 1989, 2004, 2005, 2009, 2016

そうそう、Ch Mauvesin Barton 2016も掘り出し物だ。Davy’s Wine Merchantsではたった £23.95、Mumbles Fine Winesでは£24.95で扱っている。

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テイスティング・ノートはこちら。世界の取扱業者についてはWine-Searcher.comを参照のこと。

アンソニー・バルトンに言及している全45本の記事はこちらから。

原文

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