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オルミアル―ボルドーの芸術

Saturday 18 March 2023 • 7 分で読めます
Fabrice Domercq at Dynamic Vines
ダイナミック・ヴァインズにて、ファブリス・ドメルク


「最悪な状況」をいかに盛況なワイン・ビジネスへと変えるのか。この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

「フィルターをかけるべきはワインじゃない、顧客だよ。」この言葉は芸術家ファブリス・ドメルク自身が受けた最も価値あるアドバイスだったのだろう。何しろ、彼は私と会うたびにその言葉を引用したのだから。一度はイギリスのインポータ、ダイナミック・ヴァインズが開催した彼の無添加ワインの試飲会で、その後私が手配した会合でも。その会合を手配したのは、彼の話に非常に感銘を受けたためで、現在ボルドーが直面している危機、すなわちベーシックなボルドー・ワインへの需要があまりにも落ち込んでいるため、一握りのトップシャトー以外は赤字経営を余儀なくされている現状に対し、大きな意味を持つと考えられたからだ。フランス政府は最近、過剰なワインを蒸留し、経済的意義の薄い場所にあるブドウを引き抜いた生産者に補償金を支払うことにも合意している。

ドメルクは1965年、パリに生まれた。芸術とデザインの世界に没頭していた若い頃イタリアに魅了され、「愛と食とワインを発見するために」15年もの歳月をそこで過ごした。1990年代になると彼はこう決意した。「工業デザインをするうえで最善の道はデザインをしないということだ。僕は自分の手で何かを創り出してきて、それを芸術だと言ってくれる人もいた。そういう意味で芸術家として過ごした時代はとても良かった」。彼の作品はパリの装飾芸術美術館やカルティエ財団などで展示され、現在はベルギー人の妻と家族と共に暮らす、ブリュッセルにある自宅でも創作活動を続けている。「作業はアトリエではなくて、いつもキッチンのテーブルでやっているんだ。玉ねぎの皮だって大理石と同じぐらい意味のあるものになる。要はどこに基準を置くかということだよ」。

彼がワインを造るようになったのは、母親が2006年、ドルドーニュ河岸、アントル・ドゥー・メールの北端に位置する場所に家を購入したことがきっかけだった。「とても美しいワインの家でね、周りには何もないんだ」と彼は語った。その家には4ヘクタールの畑もついていて、当時収穫されたブドウは直接地元の農協に売られていたのだという。

オルミアルにて、ファブリス・ドメルクとジャスパー・モリソン

「その時に思ったんだ。なんでワインを造らないんだ?ってね」とドメルク。彼が最初にしたことは1980年代にミラノで知り合った、工業デザイナーでもある親友の一人、ジャスパー・モリソンに電話をかけることだった。写真右の人物だ。「僕らは二人ともちょっとクレイジーで、一緒に何かをすることがとても好きだった」。(ドメルクはダイナミック・ヴァインズのテイスティング・イベントのあと数日間モリソンのところに泊まり込んだそうだ)。

彼らは0.6ヘクタールの畑から始めた。「ワインのことは飲む以外何も知らなかったけど、それがよかったんだと思う。もしワインを造るためにどんなことが求められるか知ってたらやらなかったよ。でもおかげで自然に始めることができた」。

彼は当初もう一人、もう少し年長の友人の助けも借りていた。他のワイン生産者の非公式なコンサルタントとしてボルドーを訪れていた、ベアルンの醸造家ポール・ボルド(Paul Bordes)だ。ボルドはシャトーを何件も訪問した長い一日の最後にドメルクのところに立ち寄り、まだ若い果汁をテイスティングしてくれた。「なにしろ僕は無知だったから、すごくいい弟子だったと思うよ」現在のドメルクはそう振り返る。

オルミアルの名はビジネスのための造語で、ドメルクの息子たち、イゴール、アレクサンドル、アキレと、モリソンの息子ミロの名を合わせたものだ。

モリソンは早い段階で日本に移住してしまったためワインへの関与は低くなったものの、ドメルクはこの事業にこだわり、1人でこの仕事を行うためブリュッセルから900㎞以上の通勤を重ねた。現在でもボトルを1本1本薄紙で包むことまで行うなど、驚くほどの量を彼自身がこなす。「1から10まで全て造り出すのが僕のやりかたなんでね」。

彼が顧客をフィルター、すなわちふるいにかけるようになったのは、まだ数ヴィンテージしかリリースしていなかった2009年という早い時期からだ。ボルドーのネゴシアン、ジェフリー・デヴィース(Jeffrey Davies)は、いわゆる「ガレージ・ワイン」専門で、特にアメリカのワイン教祖とも言えるロバート・パーカーに盛んに売り込みを行っていた人物で、彼はドメルクの仕事を知ることとなった。彼らはサンテミリオンの駐車場で会い、デヴィースはドメルクのワインのサンプルを自身のハーレーダビッドソンのパニエに積み込んだ。そのワインをテイスティングし値付けに同意したデヴィースは、当時上り調子だった中国市場へと持ち込もうと提案した。ところがドメルクはこのネゴシアンの意欲に疑念を抱き、それを却下したのだ。「芸術の世界でやってきたからね」彼は自分の鼻をいわくありげにたたきながらこう説明した。「鼻は利くんだよ」。

にもかかわらず、彼はゆっくりと世界のインポータとのネットワークを構築してきた。ベルギーはもちろんのこと、オルミアルの公式サイトによればイギリス、アメリカ、カナダ、ブラジル、オーストラリア、シンガポール、タイ、日本、韓国、オーストリア、スイス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、ノルウェー、スウェーデンまで広がっている。ただ、年間生産量がたった6000本のワインをこれらのマーケット全てにどう配分しているのか、私には想像もつかない。

1つ明らかなことは、彼がフランス国内で販売しているのは生産量の10%以下である点だ。多くのフランス人がオルミアルの名を聞いたことがないのも無理はない。「自分がボルドーのワイン業界に関わっていると思ったことはないよ」彼は誇らしげにそう話した。実際私自身、知り合いのボルドーの生産者の中で、彼の名を聞いたことがあるものは一人もいなかった

彼のプロとしての人生が転機を迎えたのは2013年のことだ。この年は(最近私が「ten years on tasting」で書いたように)生育期の環境が本当に酷かったため、彼自身精神的に参ってしまったのだ。そこで彼は900㎞以上離れた地にあるブドウ畑の管理に関わるという責任から解放されたいと願った。「ヴィニュロンは神話上の人物なんかじゃないんだ。僕はブドウ畑に縛られたくないし、休暇だって欲しい。だから自分なりのやり方を決めた。うちで作ったブドウは全部生協に売る。その代わり、ビオデナミで育てられた素晴らしいブドウを、それがどこのものであろうと品質のいいものを手に入れる。ワイナリーから5分のところだろうと、1時間かかろうと関係ない。そう決めてから、すごく自由だね。例えば2020年はワインを造らないと決めた。だって果汁糖度を見ていたら、早く摘んだとしてもアルコール度数が17%になりそうだったから。背負うものがないから、そんなストレスを避けてもやって行けるしね」。

居心地が悪いくらい熟度が上がったヴィンテージを経験し、ドメルクは自身のワインにいかにフレッシュさを与えることができるのか模索を始めた。偶然にも彼は、16世紀のかつての石切り場をサンテミリオンの真ん中で貸し出している老人と出会った。彼は長きにわたりその石切り場で行われてきた重労働を示す痕跡について愛おしげに語る。労働という作業が彼にとって非常に重要であることが見て取れる。「怠け者になってみたいけど、まだその方法をマスターできてないんだ」と彼はつぶやいた。

その石切り場には涼しい中庭があり、ブドウを受け取るにも、オルミアル独自のやり方を貫くにも都合がよかった。オルミアルではすべてのブドウを手で除梗するのだ。かの有名なペトリュスのワインメーカー、ジャン・クロード・ベルエが勧める手法で、何時間にもわたる手作業のおかげで粒を傷つけずに、だが雑味の元となる梗やそれに付随する筆状の果肉も取り除くことができる。

ここには200平方メートルの更に涼しいカーヴもある。安定して湿度は高く、気温は10℃と低い。「樽が常に湿った状態を保てるんだ」と彼は興奮気味に教えてくれた。「酵母の動きも遅いから、発酵は数週間もかかるし、抽出も穏やかだ。以前は、環境が果汁に与える影響がこれほどだなんて考えたこともなかった。」彼の2021と2022はここで造られた。収穫期には世界中から手伝いに来てくれた友人たちをアントル・ドゥー・メールの自宅に泊め、オルミアルのワインを飲ませたという。「くだらないロゼなんかじゃなくてね」。

上の写真で手除梗に勤しんでいる彼の収穫チームは世界中から集まってくるため、3週間前には予告が必要だ。だが収穫のタイミングを決めるのは難しい。「でもこれが僕らのやり方だから。少なくとも誰が最後に収穫をしてアルコール18%のワインを造るか、なんていうサンテミリオンのローカル・ゲームには付き合わなくてすむ」。

2019年以降、彼のブドウは全て「サンテミリオンの近所」と彼が言うカスティヨンのビオデナミの生産者から購入している。ボルドーにとっての「悲劇」は、ドメルクのような人物でも簡単に最高品質のブドウを買えるということだ。「ブドウ栽培者のことを考えてみなよ。彼らはワインメーカーじゃないし、農協は彼らに金を払わない。農協は買い手を待つブドウを3ヴィンテージ分も抱えてるからね。900ℓのトノーに入ったボルドー・シュペリウールは700ユーロか、せいぜい500ユーロ程度でしか売れない。でも、僕は生産者たちに12月1日か、翌1月1日には金を払うし、彼らもそれを喜ぶよ。ボルドーの危機は僕にとってはありがたいことさ。もちろんこの状況はひどいと言わざるを得ないけどね」。

ドメルクが世界中の野心的で若いワインメーカーに提案するのは、ボルドーに来て、今ボルドーの生産者たちを苦しめている危機的な状況を利用することだ。「土地は1ヘクタールたった15,000ユーロ、家も安い。自然派の生産者はみんなジュラとかロワールに行きたがるけど、ボルドーに来ればいいんだよ」。

オルミアルのワインは、2021ヴィンテージの全ワインの澱と沈殿物から造り、グラスファイバーの容器でフロール下で熟成させたという、なかなか美味しく、無駄も不足もないリーズ(Lies)と呼ばれる68ポンドのものから、高いものだと1本125ポンドのものまである。

素晴らしい値ごろ感を感じられるボルドーが数多く存在するのは明らかにボルドー市場の無名な層が低迷しているからに他ならない。ザ・ワイン・ソサイエティは定期的にそのような掘り出し物を販売しているし、ヘインズ・ハンソン&クラークも最近掘り出し物の発見に成功している。彼らの現在のオススメの一部を紹介すると、シャトー・フロンサック2019が1本10.95ポンド、シャトー・レ・マルシュー2018が12.15ポンド、それから注目すべきはシャトー・クーストール2016が13ポンドだ。1ケースで購入すれば更に安い。有名産地の、無名な生産者のとても悲しい現実だ。

最近ダイナミック・ヴァインズが紹介したフランスとスペインのビオデナミ・ワインのテイスティング・ノートも参照のこと。もちろんオルミアルも含まれている。

(原文)

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