ヴォルカニック・ワイン・アワード | The Jancis Robinson Story (ポッドキャスト)

アンジェラとエルナ

2021年10月30日 土曜日 • 5 分で読めます
Angela Scott and Erna Blancquaert, Golden Vines Scholarship winners

写真は今月初め、アナベルズで開催された煌びやかなセレモニーでの一幕で、一人55000ポンドの奨学金を獲得したアンジェラ・スコット(Angela Scott; 写真左)とエルナ・ブランクウェート(Erna Blancquaert; 写真右)だ。この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。写真はAdrian Bridge of The Fladgate Partnership提供。

ようやくワインの世界にも多様性実現に向けたゆっくりだが着実な歩みが感じられるようになった。その一つが先日発表されたテイラーズ・ポートのゴールデン・ヴァインズ・ダイバーシティ・スカラシップ(Golden Vines Diversity Scholarship)だ。世界有数のワイナリーでのインターンシップとマスターオブワインまたはマスターソムリエ取得にかかる膨大な費用の全てを提供される2つの枠に有色人種であるワインのプロ、42名が応募した。

私はその審査員の一人だったが、彼らの応募書類を読むにつけ頭が下がる思いと、気持ちの高ぶりを感じることができた。その感動があまりに強かったので、ジャンシスロビンソンドットコムでは、応募者たちの背景をこちらのシリーズで紹介している。例えば、Jarrett Buffingtonはヒューストンで育ったアフリカ系アメリカ人で、母は清掃業に携わるシングルマザーだ。私と違って彼は鑑識眼を要求されるこの世界でなんらの支援を受けることもなかったが、今やオーストラリアで最も注目を集めるソムリエの一人だ。彼は応募書類にこう書いている。「子供の頃、私はいつもいじめられていて、学校でのランチはトイレで食べていました。家庭内暴力も見てきましたし、言葉による虐待も受けました。一番上の兄は自殺しています。人生のほとんどの時間、失望と悲しみ以外、なにもないと感じてきました。でも、ホスピタリティとワインが私の人生を大きく変えてくれたのです」。

ワインメーカーで、学術研究員でもあるDiana Hawkinsの応募文はこうだ。「テイスティングを拒否されることもよくありました。営業担当者からは私がジェームズ・ビアード受賞レストランやミシュラン星付きレストランのバイヤーをしているとわかるまで、まともに相手にされませんでした。あまりに多くの意図的あるいは無意識の差別に晒されてきたので、この業界を去ろうという気持ちがほとんど固まっていました。この『ほとんど』というところがカギです」。

イラン人のNikan Jooyaniはあらゆるアルコール飲料が禁止されている国で育ったが、イタリアへ移住したことがきっかけでワインへの情熱に火が付き、マスターソムリエを目指したいと考えている。

応募者の多くは情報やテイスティングを共有する仲間に出会うことがこの上なく難しい国に拠点を置いている。韓国からの応募者は二人ともその点について不満を述べていた。それ以外にもペルー人のRosa Lyn Joy Way Buenoはパンデミックのために母国に留まることを余儀なくされ、事実上海外のあらゆるワインとの接触を断たれることとなった。

彼らの話を読んで私はロンドンに住んでいることがいかに恵まれているのかを悟った。間違いなくここはワインを買うにも、テイスティングするにも、学ぶにも、最高の機会が得られる場所だ。

このスカラシップは故ジェラール・バッセを偲んで設立された。彼自身非常に勤勉で、マスターオブワイン、マスターソムリエ、ワインMBA、フランス国家功労勲章、大英帝国勲章、そして6回にもおよぶ挑戦の後、ついに世界最優秀ソムリエまでも獲得した。彼が16歳で学校を卒業した当時は方向性を見いだせずにいたが、彼の回想録である「テイスティング・ビクトリー」にも鮮やかに描かれている通り、ワインへの興味が人生を転換する大きな力になることを自らが体験している。

我々審査員の目から見て際立っていた2人がエルナ・ブランクウェートとアンジェラ・スコットだ。ブランクウェートは38歳で、ステレンボッシュ大学で唯一、女性で有色人種のブドウ栽培研究者だ。彼女は国内の生産者や研究者たちが情報共有に積極的でないという背景もあり、同領域の研究者の国際的なネットワークを持っているという意味で貴重で、尊敬を集める博士課程の研究者だ。彼女によれば2019年に搭乗した国際線のフライトは44に上るという。

ブランクウェートの母は看護師で、父はワイン生産者ネダーバーグの運転手だ。若き日のブランクウェートの興味を引いたのはワインラベルだった。パールの学校では「いつもトップ10に入っていたせいで」いじめられていた。彼女が両親に、大学に行って科学者になりたいと話すと笑われたそうだ。だが今、彼女を笑うものはいない。

今月初め、ロンドンでの受賞セレモニーの2日前のことだ。テイスティングに同席する前に我々はランチを共にした。笑い上戸の彼女は一つ二つ、私の間違いを礼儀正しく指摘してくれた。そして別れ際方角を教えようとすると「自分で探しますよ。私は科学者ですから」と言って聞かなかった。

彼女がベルギー人の夫に出会ったのはYahooのチャットルームで、二人が14歳の頃のことだ。その後2010年に結婚した。彼女の生徒たちは彼女をブランケットと呼ぶが、友人たちの中には「ザ・トークン(有色人)」と呼ぶものもいる。彼女の視点を知りたいと数多くの委員会が彼女を招聘している(「あまりに多くて、疲れてしまいます」と彼女)。歯に衣着せぬ物言いをすることもあり、自分が南アフリカの現状を伝えようとするたびに、何らかの疎外感を感じるのだと彼女は話した。

マスターオブワインの栽培の試験はもちろん、彼女にとって楽勝だろう。ただし、彼女が言うには研究畑の人間として、一つのトピックに深入りしすぎる傾向があるそうだ。また、南アフリカにいるあと2人のMW研修生同様、ケープタウンですら入手できるワインが限定されている実情にも苦しんでいる。(訳注:MWになるための)8つの試験のうち3つはテイスティングで、何十ものグラスに入ったワインを分析し、その産地や品種を特定しなくてはならない。

その点についてはもう一人の受賞者、アンジェラ・スコットから、励ましのアドバイスを送ることができるかもしれない。46歳のスコットは既にMW研修の1年目を修了している。彼女は今年本試験を受ける予定だったが、コロナウィルス感染拡大の影響で彼女自身も、ワインメーカーの夫もニュージーランドから出ることができず、もちろん受験もできなかった。そんなスコットはメンターのMW、ナターシャ・ヒューズにワインを正確に当てることに固執しないように、それよりも試験官が重視しているのは的確な議論と品質評価ができることだと教えられたそうだ。

彼女は自身を「リハビリ中の弁護士」と話す。スコットはフィラデルフィア郊外で、アフリカ系アメリカ人でビジネスマンの父と、キューバ人の血が半分入り、ウォートンで教育を受けた母に育てられた。ダートマス大学を卒業後に国際人権弁護士となり、20世紀が終わるころにはハイチの平和部隊でボランティアに明け暮れていた。彼女がワインに魅せられたのはワシントンDCで働いていた頃、ワイン・クラブを通じてのことで、「モンゴルでの仕事の見込みがなくなったことでナパに落ち着くことになった」そうだ。

マスターオブワイン研修に入るまでに、スコットはアメリカ人ワインライター、カレン・マクニールの下で働き、さらにナパ・ヴァレーにある、こちらも申し分のないスポッツウッド・ワイナリーでも経験を積んだ。彼女は勉強のために自宅を売却し、ニュージーランドの小売業者、セラー・アフリリに出資、現在そのアドバイザーも務めている。

これらの背景は、我々マスターオブワインのほとんどの想像をはるか超える。彼女やブランクウェートは、風通しが悪くイギリス中心主義とみなされることの多いMW協会に大いに影響を与えることだろう。

彼女たちは二人とも自身の専門知識を携えてMW研修生となり、実例と行動をもって、ワイン業界におけるキャリア、そしてワインの喜びが全ての人に開かれているべきだと示すことを誓っている。

応募者たちが直面している課題とは対照的に、ロンドンのナイトクラブ、アナベルズで開催されたセレモニーは現実と乖離していると思えるほどに煌びやかなものだった。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ2005グラン・エシェゾーが惜しみなくふるまわれ、ジェロボアムのシャトー・ディケム1988がそれに続いた。(スポンサーであるグッチに身を包んだ)カイリー・ミノーグの歌に彩られたセレモニーは舞い散る紙吹雪のように華やかだった。事前にオンライン・オークションも開催され、クリスティーズのチャーリー・フォレイ(Charlie Foley)によって華々しく執り行われたライブ・オークションと合わせて100万ポンド以上を売り上げた。

このスカラシップはジェラール・バッセ基金によって設立されたもので、ジェラールの未亡人、ニーナと息子のロマネの目標は世界のワインスピリッツ、そしてホスピタリティ業界における教育プログラムの多様性と包括性推進だ。WSETのCEO、イアン・ハリスと私は彼らから委託され、今度はアメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ガーナ、南アフリカ、オーストラリアから寄せられた応募者23人の中から、ワイン多様性プログラムへの寄付金の余剰分を受け取る人物を選ぶという心躍る仕事が待っている。

原文

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