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ボリビアの冒険

Saturday 17 July 2021 • 6 分で読めます
Cinti Valley in Bolivia

はしご、シャットダウン、山の駐車場、脱臼した肩、検疫。これらは全て、ハルディン・オクルート(Jardín Oculto)の業務に関わる出来事だ。この記事のやや短いバージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

50歳のナヤン・ゴウダ(Nayan Gowda)はさすらいのワインメーカーだ。醸造に関わったのはジ・アイヴィーのシェフを務めたのち、30代半ばからだが、すでにオーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、フランス、ハンガリー、ウクライナ、南アフリカ、ノルウェイ、チリ、カザフスタン、そしてもっとも最近はボリビアでワイン造りに携わってきた。ボリビアではパンデミックの間の2ヴィンテージを、ワイン生産者ならだれもが直面する最大の危機を乗り越え、生き延びた。

ボリビアは世界で最も標高の高いブドウ畑がある国の一つだが、彼のボリビアでの仕事の最も特異な点は標高ではなく、樹齢200年に達するブドウそのものだった。ゴウダが扱わなければならなかったブドウは、16世紀にスペイン人たちがラテンアメリカにブドウを持ち込んだ時代と同じく、きれいに整えられたトレリスが並ぶ垣根でも、低い株仕立てでもなく、野放図にそびえたっていたのだ。あまりに手が入っていなかったので、ボリビア南部にあるシンティ渓谷を初めて訪れた際、彼はそこにブドウがあることにすら気付かなかったそうだ。この地の多くのブドウ栽培者たちは生物多様性促進の重要性に気付き、畑に様々な木を植えることに忙しいのである。この渓谷は時代のはるか先を行っているとも言えよう。


シンティ渓谷の収穫風景

この地で最も重要な畑道具は梯子だ。もともと、ものを伝う習性のあるブドウは、扱いやすい形に人が手を入れなければ優に6メートル以上の高さまで伸びていく。そのため、剪定の際に重要な仕事はまずそれを支えている木を、そして次にその木を伝っているブドウを刈りこむことで、生育期に最大限に伸びたとしても、果実に梯子が到達するよう管理することが必須だ。

ゴウダがここでワイン造りをすることになったのは、さすらいのワインメーカーたちのFBグループでマリア・ホセ・グラニエに声をかけられたことがきっかけだった。彼女はボリビアでも近代的なワイン作りをする生産者一族の一人だ。彼女がこのユニークな「ジャングルのような」ブドウへの興味を持ったのは、パンデミック以前にオランダ政府の開発計画に伴ってボリビアを頻繁に訪問していたオランダ人MW、シース・ヴァン・カステレン(Cees van Casteren)がその品質を指摘したためだ。

グラニエではボリビアのワイン愛好家たちが好む、ある種ビッグで骨太な赤ワインを造っているが、マリア・ホセは全く違うスタイルのワインを造りたいと考えていた。さらに歴史的なブドウを救い、地元の低賃金な農業従事者たちの生計を支えるという考えは彼女にとって魅力的に映り、彼女とゴウダが作ったハルディン・オクルートという名のワインをプレミアムレンジすなわち、ボリビアで販売されるベーシックなワインの価格の10倍もする15ドルで販売することを決めた。

これらの樹木を伝うブドウはゴウダがこれまで醸造経験のある54品種に、さらに3品種を加えることとなった。モスカテルはスペイン南部で栽培されるマスカット・オブ・アレキサンドリアと同じ品種だが、残りの赤ワイン用2品種はネグラ・クリオージャ(チリのパイスやカリフォルニアのミッションと同じ品種だ)と地元品種でボリビアにある町の名にちなんで名づけられたビスコケーニャ(Vischoqueña)だ。グラニエとゴウダがこの地に来るまでは、これらの品種はボリビアで人気のシンガニ用に蒸留されたり、おもにタリハの街周辺にある、ボリビアの近代的な畑で栽培される国際品種にブレンドしたりすることで消費されていた。

シンティ渓谷の標高は2300mで、アルプスに位置するヨーロッパで最も標高の高いブドウ畑の倍の高さだ。しかもこのハルディン・オクルート計画のためにタリハに借りた施設からは2つの山脈を超える、美しくも危険な3時間のドライブを要する。ゴウダのファースト・ヴィンテージである2020のためのブドウは、完璧な成熟に至るのとほぼ時を同じくして非常に強い嵐が訪れたため国全体がシャットダウンされ、収穫の延期を余儀なくされてしまった。そのためゴウダとしては2020のブドウは理想的な状態よりもブドウの成熟が進んでいると感じているようだが、私自身がテイスティングした2020の3つのワインは心からわくわくするものだった。

おそらく、その中で最も特異なのは(彼らのワイは特異でないことなどないかもしれないが)地元の品種、ビスコケーニャで造られたスティルの白ワインだろう。当初はスパークリングワインを造る予定だったワインだ。ところが、彼らがまず気付いたのは他の地域で造られているいわゆるスパークリングワインより、この地で作るスパークリングの泡の量を減らす必要があることだった。なぜなら首都のラパスの標高は3,640m。瓶内の圧力を下げておかないとワインが吹いてしまうリスクがあるためだ。さらに、ボリビアにはシャンパーニュのように透明なワインを造るためのデゴルジュをする機材がない。だから澱はそのまま瓶内にとどめ置かねばならないことにも気づいた。

ところが、ボリビアも大きな影響をうけたパンデミックのために、長くゆるいブラジルとの国境も、アルゼンチンとの国境も閉鎖されてしまった。そしてとくに悲劇的だったのが後者だ。そのせいでスパークリングワインに必要な頑丈なボトルが彼らの手元に届くことはなくなってしまったのである。だからゴウダはスパークリングのベースワインにする予定だったワインをスティルワインとするしかなかった。だが彼はこの結論には自信を持っているようだし、2020のブラン・ド・ノワールがボリビアの裕福なワイン愛好家たちの間で高い評価を受け、2021年もこのワインを造らざるを得なくなったことでもその自身が裏打ちされただろう。「じぶんが何を選択したのか、覚えておく必要がありますね。抜栓するたびに新たな学びがありますから。」と彼は告白した。彼は自身のことを「学び中毒」と評し、それこそがボリビアに惹かれた理由だという。

残り2本の2020のうち1つはモスカテルから造った白ワインだが、マリア・ホセは自分に「モスカテルのような味にならないように」と言い聞かせながら作ったものだ。溌剌とした辛口の白ワインで、どこかブルゴーニュのような雰囲気を感じさせる。もう1つは非常に淡い色で辛口のネグラ・クリオージャを使った赤だ。こちらはパイスと呼ばれる同じ品種でアンデスを挟んだチリで造られる、最近流行の辛口赤ワインに比べてはるかに洗練されたものだった。このワインにはコショウの香りを感じたのだが、どうやらこの畑は(ジャングルのようなその場所を畑と呼ぶのなら)現地でモジェ(molle)と呼ばれるピンクペッパーの木があちこちにあるそうだ。それ以外に彼らが2021年からブドウを入手している二つの畑はロス・メンブリリョス(Los Membrillos;訳注マルメロのこと)と呼ばれている。どちらの畑には野生のマルメロの木が沢山生えており、ブドウ果汁への影響も予想されるためだ。

2020年、彼らの生産量はたった5000本だった。特にゴウダが肩を脱臼したため、かなりの困難を伴った。また2021年も生産量の増加はしない予定だ。マリア・ホセの母がいるマイアミからも大きな注目が寄せられているにもかかわらず、輸出市場の開拓が全くできていないためだ。さらに慢性的な機材不足にも悩まされている。ワイン造りの間にゴウダが使うことができた機材は比重計、温度計、ポンプ、上の写真の小さなバスケットプレス、ホース2本、そして数本の小さなタンクだけだ。ワインが無清澄無濾過を誇るのは、まったくもって現実的な理由からなのである。また、ボリビアには認証を受けた研究所が存在しないため、国際的な取引に必要とされる分析は現実的に不可能だ。いずれにしても分析に必要な試薬などもコカイン生産に使われる可能性があるとして厳しく制限されている。ブドウの収穫時期を決めるために必要なサンプリングも、地表からの高さがあまりにも異なるため判断が難しい。同じ樹のブドウでも、ブドウの糖度にはワインになった場合にアルコール度数が1~1.5%変わるほどの違いがあるのだ。

ワイナリーに涼しい場所はないが、ゴウダはブドウを運ぶトラックを途中で標高3400mの駐車場で1晩過ごさせることにしているという。こうすれば収穫時に25℃だったブドウがワイナリーに着くころには自然に8℃まで冷却されているのだ。これはまさに水平思考(文脈的には水平ではなく垂直としたいところだが)を求められる解決法だ。

自身のボリビアでの冒険の間、ゴウダはパンデミックの間にワイナリーに忍び込んで発酵状態を確認したことや、機材の不足、停電、そして検疫などについて自身のSNSに投稿し、フォロワーたちを魅了してきた。最近ボリビアから帰国した彼は10日間をガトウィック空港のフォー・ポイントホテルで過ごすことになったが、彼の熱心なフォロワーの一人から送られた「救援物資」を存分に味わったようだ。

彼の次の冒険は何だろう?実は、当初はブータンに畑を持つ友人を助けたいと考えていた。だが、シンティ渓谷と標高はほぼ同じその地では、現在コロナ禍でワイン造りが停止してしまっている。そこで彼は医師である両親をダービーシャーからインドへ帰るよう説得したという。次はインドのワイン業界に救いの手を差し伸べる計画でもあるのだろうか。

ワインは現時点でボリビアでしか入手できないが、それらのテイスティング・ノートはこちらJardín Ocultoも参照のこと。

原文

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